六 教育 明治二十八年七月、芝山巖學堂に六名の生徒を收容して開始せられた本島の新教育は島民の向學心の勃興と學制の整備と相俟ち年々隆盛に赴き四十年後の今日に於ては、幼稚園・小公學校教育より大學教育に至るまで、完全なる組織體系を整へ、現に各種學校數八千餘校、兒童生徒學生の在學中の者のみにても四拾萬に達せんとする盛況である。 本郡下について見るも、明治三十一年初めて樹林に公學校を創立されてより、續々各地に公學校又は小學校設立せられ、昭和九年度初に於ては學校數十九(分教場を含む)在籍兒童九千五百餘名、小公學校卒業生の數は既に一萬を突破してゐる狀態である。 さて郡下本島人の就學狀況47 を見るに、昭和九年三月末日調によれば、男子五九、二六%女子三二、四五%に過ぎず、殊に女子の就學率の著しく低位にあるは遺憾に堪えない所である。 幼稚園は財團法人大觀書社經營の私立板橋幼稚園あり、現在五十餘名の本島人幼兒の保育を行つて居る。 社會教育は國民資質の向上と社會の進步改善を圖らんとするもので國民精神の涵養、國語の普及・情操の陶冶・職業に關する智能の啟培・公民的精神の養成・體位の向上に重點を置き、各種の施設がある。本郡下に於ては現在の教化聯合會の前身たる同風會は、既に大正三年樹林48 に創始せられ、コ教の振興・生活の改善等に力を竭し教化事業に大なる貢献をして來たが、その後社會狀態の變化に伴ひ組織の變改が行はれて現狀に至つたものである。 青少年教育 郡下の青年團體には青年團49 及女子青年團がある。現在十四の青年團、十三の女子青年團は昭和六年十二月臺北州訓令に基き、元同風會所屬の青年會及び處女會を組織變更したもので、團員數略々男子五百名女子四百名、專ら健全なる國民、善良なる公民たるを本旨として修養につとめて居る。各團の經營も逐年健實となり、國語の習練竝普及、産業の開發、鄉土の淨化等に努力し、內容の充實を見つゝあるのはスばしき現象である。將來益々團員の揄チを圖り、青年團本來の使命に邁進したいものである。 男女青年團の外に青年教習所がある。初等教育修了者に對する公立の輔導機關で板橋・漳和・樹林・三峽・土城にあり共に昭和四年四月の設立である。 成人教育 國民精神の作興や國語の普及・生活改善の如きは島民の舉つて努力を要する所である。故に男女青年團を退きたる者、又は教養ある成人が率先して相互の修養機關として、且又鄉黨輯睦の團體として、成人會や婦人會を組織する事は極めて有意義な事であらう。元同風會の所屬には戶主會又は主婦會が習俗の改善、自己修養等につとめる所があつたが、未だ自發的の活動をなし得るには至らなかった。教養ある男女成人が智コを磨き、家庭を治め、相互和睦みて鄉風の醇厚を圖る目的を以て、成人會や婦人會を組織せられるゝ事を獎めたいと思ふ。現在柑園に於ける成人會は如上の趣旨に向つて活動をなして居る。 國語普及50 國語の普及は本島の文化促進上最も緊要な事業であらう。近年島民の自覺と當局の指導獎勵とにより、非常に隆盛を極めて居るが、而も今尚國語理解者の數は全人口の二十%51 に過ぎない狀態である。總督府に於ては尠く向後十箇年に於て、全人口の五十%を國語理解者にしたいとの目標で獎勵中である。 從來郡下には各地に私立の國語講習所、簡易國語講習所があり公立は僅に二箇所に過ぎなかつたが、昭和九年度に於ては更に拾 六の公立國語講習所を設立し國語普及施設上一新生面を開く事になつた。 圖書館52 各街庄漏なく公立圖書館を設置せる事は、本郡の誇の一である。未だ內容必ずしも充實の域に到らないが、專ら農村圖書館としての機能發揮に留意してゐるから、遠からず完備を見るであらう。向上心に燃ゆる青年男女は大いに之を利用し、智能の練磨につとめられたい。 生活改善53 陋習を打破し生活の合理化を圖る事は作業能率を攝iし、家を富し鄉を興す基である。漫性的な時間觀念の缺乏、虛禮や迷信に基く冠婚喪祭の冗費等、如何に生活の向上を阻害して居るか、甲所には亡父の葬儀に數千金を投じて孝の至れるものと信じ、乙所には年收に數倍する聘金を贈りて得々たるものあり、燒爐に投入する金銀紙の量により神の利益の多寡を想ふ等、笑止にたえぬものが多い。本郡下各地に生活改善實行會を組織し、全員申合事項を定めて之が勵行を期して居るのも、要は住民の福祉を攝iし鄉土の發展を期せんが為に外ならない。 部落の振興 教化の徹底は畢竟住民全員の自覺ある協力に俟つ外はない。青壯年は勿論、白髮の老人より幼少年に至るまで、男も女も真に自己の鄉土を正しく見つめ、鄉土の振興に邁進する時、經濟の不如意も社會の暗K面も一掃し得るであらう。ここに於て道コと經濟と融合を圖り、部落全員を對照とする部落會の組織は有意義なるものとなるであらう。 教化の統制54 如上各種の教化施設は夫々獨自の使命を有する事勿論であるが、いづれも住民の福祉攝iを期することに於て變りなく、隨つて之等各種施設は相互に連絡統制を保ち、以て教化の實績を舉ぐる事は緊要の事である。各街庄に於ける教化聯合會は、各種教化機關相互の連絡統一を圖る趣旨のもとに組織せられたもので、その活動に統制あらしめやうとするものである。 社會事業 社會的な精神的、身體的、經濟的弱者を救濟保護し、標準程度まで生活を向上安定せしめやうとするのが社會事業である。世には何等不自由なき幸福な生活を享受しつゝある人々の裏には、病床に呻吟しながら醫藥の費なき貧者、あやまりて囹圄の身となり社會より冷視せらるゝ刑餘者、老衰者、扶養者なき孤兒等己をうらみ世をのろひ、人世を苦悶の中に過して居る者も少くない。此等を救濟善導する事は社會共存の精神より一般社會人の責務でなければならぬ。板橋街に於ける方面委員制度、中和庄に於ける慈善會、鶯歌庄に於ける濟生會、三峽庄に於ける博濟會、土城庄に於ける救濟會又は海山郡明コ會の如きはいづても如上の趣旨によりて設立せられたものに外ならない。各庄に設置せられたる公設產婆の如きも積極的なる兒童保護の機關である。 47 本島人就學步合(昭和八三三一) 全島 男 五〇、七二 女 一九、一二 男女 三五、四四 臺北州 男 五六、九八 女 二九、八五 男女 四三、七五 海山郡 男 五六、六四 女 二九、〇二 男女 四三、四〇 48 樹林に於ける同風會の創設は臺北州同風會の濫觴である 49 青年團綱領 一國民精神を涵養し其の振作に勗む 一公共的精神を振作し社會の福祉に寄與す 一實際生活に必須なる智能を研磨し勤儉質實の風を與す 一自律的精神を培養し創造を勗む 一情操を陶冶し品性の向上に勗む 50 國語を解する本島人調(昭和八、六、一調) 51 人口百に對する話し得る者の步合 板橋街 二四・九三 中和庄 二四・八七 鶯歌庄 二七・六九 三峽庄 二二・五二 土城庄 二〇・三二 海山郡 二四・四二 臺北州 二二・五八 52 各圖書館藏書數 昭和九、五現在 板橋 二、六六七 中和 四七〇 鶯歌 八五七 三峽 一、八三三 土城 二三五 53 生活改善實行會郡下一齊申合事項 一會葬者に饗應全廢 一各種祭典を派出所單位に施行 54 街庄教化聯合會綱領 一、國體觀念を明徵にして國民精神の作興に勗む 一、國語の普及に努め鄉風の醇厚を圖る 一、生活の改善を圖り國力の培養に勗む |