五 地方自治と街庄 國の行政には官治行政と自治行政がある。官治行政とは、國家が自ら行ふ行政で自治行政とは、州、市街庄の如き公共團體が行ふ行政である。軍事、外交、警察、鐵道、通信、海外拓殖等の事業は、國家が自ら行ふに非ざれば、為し得ざる事柄であるから、之等は總て官治行政に依つて居る。財政經理、教育、產業、一般交通等の事業は全國的のものは官治行政に依るが、地方的のものは、其の地方々々於て處理せしめた方が、よく地方の事情に適合し效果が大であるから、公共團體を設けて之等の事業を行はしめるのである。之を自治行政と云う。 本島に於ては大正九年制度改正迄は純然たる官治行政であつた。之は一般島民の民度も低く、公共的訓練も不充分であつたので、直に公共團體を設けて自治行政を行ふことは不適當と認められたからである。然るに教育の普及、文化の進展に伴ひ或る程度の自治行政を行ふ能力も出來たと云ふので、大正九年に臺灣州制、臺灣市制、臺灣街庄制と云ふ三律令が公布せられ、州、市、街庄なる公共團體を設けて、主として地方の利害に關係ある事務を處理せしむることゝした。之が現行制度である。 一概に地方自治行政と云つても、其の程度は必ずしも同樣ではない。自治體の機關には其の意思を決定する議決機關と、決定された意思を執行する理事機關との二つ有するのが通常である。內地の自治體は皆之を備へて居る。然し本島の如き未だ發達の途上に在るものに付ては、早急にこの兩者を設けることは適當でないから、現行制度に於ては議決機關の代りに、意見を開陳する機關即ち諮問機關を設けたのである。之が所謂州市街庄協議會である。協議會は諮問に應じて答申するのであるが、其の審議答申に基いて當該團體の意思が定められるのであるから、其の職責は重要である。從て協議會員たる者は、私情に偏することなく、常に大局に立つて嚴正公平なる態度を持し、公共の為に盡力することを忘れてはならない。 進步した自治制度に於ては、自治體の機關は其の構成員中より選出せられるのが普通である。議決機關を構成する議員は勿論、理事機關も亦選舉せられることがある。內地の市町村が然りである。然しながら之が為には、一般人民が自治に習熟し、公共的觀念が徹底して居ることを要件とするであつて、之等が不充分な場合には却つて自治制運用の圓滿を害する虞がある。故に本島に於て理事機關たる者は總て國家の官吏又は官吏の待遇を受ける者を以て充て、人民よりの選出を認めない。州知事、市尹、街庄長が即ち之である。又諮問機關ではあるが、協議會員も亦官選である。 州知事、市尹、街庄長は公共團體たる州、市、街庄の理事機關であると同時に官治行政に依る行政區劃たる州、市、街庄に於ける事務を掌る。此の場合には國家の機關である。即ち之等の者は一面國家の機關であり、又一面公共團體の機關である譯である。知事及市尹は純然たる官吏であるが、街庄長は奏任又は判任官の待遇を受くる待遇官吏で知事の任命に依り、任期四年、名譽職を原則とする 知事は臺灣總督の監督を受け、市尹は第一次に於て知事、第二次に於て臺灣總督、街庄長は第一次に於て郡守、第二次に於て知事、第三次に於て臺灣總督の監督を受けるのである。 街庄は本島に於ける最小の行政區劃であり、又最小の地方團體である。街庄は法令の範圍內に於て法人格を有し、自ら權利義務の主體として、恰も自然人と同樣に活動することが出來るのである。 街庄の事務としては其の區域內に於ける地方的事務を行ひ、又國家から委託を受けた事務を處理するもので、前者を固有事務、後者を委任事務と稱する。即ち道路橋梁其の他の土木事業、小公學校の建設維持、各種衛生施設及污物掃除、產業振興上の施設、各種社會事業等各般の事業を施行し、公共の利益の攝iに力むるのである。故に街庄の事務の興奮は、直接に其の地方の隆替に影響し、地方の隆替は相集つて國家の盛衰に繫ることを思へば、如何に其の任務の重きかを痛感せざるを得ない。 如斯街庄の事務は廣汎であり、之が遂行に付ては相當の經費を必要とする。茲に於て街庄は自ら財產を所有し之に依り財產收入を圖ると共に積極的に企業を經營して之に依る事業收入を以て之等の經費に充當するが(水道、乘合自動車、市場の經營等)之等は其の一部を充すに過ぎないので、一般街庄民より租稅を徵し又夫現役現品を課するのである。街庄稅は街庄民の負擔力に應じて汎く賦課せられるもので、街庄民は法律上之を納付すべき義務を負うて居る。其の他街庄は其の經營する營造物(市場、屠畜場等)の使用に關して使用料を徵し、又手數料を徵收することが出來る。 以上の如く街庄の行ふべき事務に關して其の必要なる經費を配分計上し、之が財源kを求め適宜收入の途を講ずる街庄の財政と稱する。私經濟にて於て收入を基準として支出を按配するが、街庄財政の如き公經濟みに於て支出を定めて然る上に收入の途を圖るのである。私經濟にては支出は可成少額に止むるを可とするが、公經濟に於ては、一度豫算に計上せられた以上、之を嚴正に執行し、濫りに剩餘を生ぜざるを可とする。 地方自治行政と街庄事務の大體は上述の通りであるが、次に我が郡下の各街庄の現狀に就て見るに、其の組織や行ふ事業等は大同小異で特に述べる必要もない。唯異るのは其の財政であるから之に就て一言したいと思ふ。 板橋街 板橋街の昭和八年度生產額は、農業生產八拾貳萬八千七拾圓、工業生產拾六萬五百八拾七圓、其の他の諸生產四拾五萬四千七百參十九圓、合計百四拾萬參千參百九拾六圓であつて、州下市部を除いた三十九街庄の生產平均高九拾參萬千百六拾九圓に比し、五拾壹貳千貳百貳拾七圓の超過を示して居る。次に戶稅割の負擔について見るに、昭和八年度に於ける州下四十一市街庄平均千圓當の負擔は貳拾五圓七錢貳厘なるに對し、板橋街は拾九圓七拾錢五厘で、州下平均率より尚五圓四拾六錢七厘輕いのである。昭和八年度に於ける街民の負擔總額は拾四萬六千七百拾六圓八拾五錢、一戶當四拾參圓九拾六錢六厘、一人當七圓參拾五錢九厘であつて、之を內地の一戶當百拾七圓七拾錢貳厘(臺灣は四拾四圓五拾五錢参厘)一人當貳拾參圓貳拾壹錢八厘(臺灣は七圓七拾八錢壹厘)に比すれば遙に輕い。此の負擔餘力の存する所に新興板橋の躍如たる將來が現れてゐるのである。然しながら稅及び稅外收入の步合について見るに、臺灣の街庄は授業料の收入あるに拘らず、內地町村の稅收入四四%稅外收入五二%に對し、臺灣の街庄平均は稅收入五六%稅外收入四四%であつて、稅外收入が遙に貧弱なのは遺憾である。今後基本財產の造成、街庄事業の振興等により稅外收入の揄チを圖り、街庄財政基礎の安固を期する事は極めて肝要である。殊に板橋街は昭和九年度豫算額七萬四千八百九拾五圓 に對し、昭和十二年度迄每年壹萬千五百八拾六圓の水道街債の償還を要する為、街の事業も自然財政上の制限を受け、今後尚市場の移轉、役場の改築、板橋樹林道の開鑿等、幾多緊急な事業が將來に殘されてゐる。此等は街民の奮起協力に依つて一日も早く解決したいものである。 昭和八年度板橋街負擔
中和庄 中和庄の昭和九年度總經費は、經常費參萬壹千九百九拾七圓、臨時費一萬壹千四百五拾七圓、合計四萬參千四百五拾四圓である。歲入の大宗を占むる庄稅は總額貳萬四千四百拾壹圓で、地租割五千六百圓、戶稅割壹萬四千五百圓、營業稅割壹千參百拾壹圓、雜種稅割參千圓である。財產收入は僅か參百七拾八圓で單に積立金の利子收入に過ぎない。使用料及手數六千四百貳拾四圓で、庄稅に次ぐ重要な收入である。主なるものは公學校授業料、市場使用料、渡船使用料、墓地使用料、產婆使用料、手數料等である。交付金壹千八百八拾四圓は庄に於て徵收する國稅、州稅、水利組合費の交付金等である。州補助金七百九拾圓は國語講習所、青年教習所、樹苗養成費、傳染病豫房費等の補助である。 歲出の主なるものは、役場費壹萬壹千貳百七拾九圓、教育費八千參百五拾八圓、勸業費貳千參百拾五圓、其他土木費、社會事業費、衛生費等である。現在の財政情態を制度改正當時の歲入歲出狀況と比較すれば、大正十年の豫算貳萬六千七百六拾貳圓に比べて實に六割の揄チを示してゐる。この事實は中和庄發展の事實を最も雄辯に物語るものであつて、殊に古亭橋の架橋を目前に控へ、庄內外に通ずる道路の開通と相俟つて、其の發展は蓋し期し待つべきであらう。 鶯歌庄 鶯歌庄の昭和九年度豫算を示せば次の通りである。
三峽庄 三峽庄の生產額は、昭和七年度に於て一戶當り參百圓、一人當り伍拾圓、總額百拾八萬壹千餘圓であるが、之對公課負擔國稅貳萬參千餘圓、州稅參萬六百圓、庄稅貳萬九千貳百餘圓、稅外公課壹萬六千五百餘圓、合計九萬九千五百餘圓であつて、一戶當貳拾五圓貳拾六錢、一人當四圓貳拾錢七厘と為つてゐる。之等公課が國家と三峽庄とを養ふ糧食と為つて、產業の開發に、教育の振興に土木事業の進展に、地方保安衛生の維持改善等各般の事業が行はれるのである。 公共團體たる街庄は稅の外に、出來る限り自己の所有財產から生ずる收入を以て、其の費用を支辨する理想とするが、臺灣街庄制實施以來日尚淺く、何れの街庄に於ても其の有する基本財產は僅少であり、從つて稅外收入は殆んどョむに足りないので主として街庄稅に俟たなければならない。 今本庄の昭和九年度豫算の歲入狀況を舉げると次の通りである。即ち庄稅三萬壹千參百八拾貳圓、財產收入三千五百六拾六圓、使用料及手數料四千四百拾五圓、交付金壹千四百五拾五圓、州補助金貳千五百參十參圓、寄附金百圓、繰越金參百八拾九拾圓、繰入金千圓、雜收入七百參拾九圓、合計五萬壹千三拾圓である。 本庄にて一方に於て民力の培養と擔稅能力の搗蛯ニを圖り、一方に於て速かに庄所有財產の造成擴大を以て財政を安固にし、彈力性ある豫算財源の確立を期する為、昭和五年に產業十箇年計劃を樹て、庄是を制定し、四十五年間繼續五拾萬圓の基本財產造成を計劃して目下着々實行中であるが、今年は其の第四年目に相當し、現在まで造成した基本財產は現金壹萬七千百餘圓、有價證券參百圓、土地五十餘甲步價格三萬貳千餘圓に達してゐる。 土城庄 社會の進展に伴ひ地方行政豫算の膨大を來す事は必然の理であるが、土城庄總豫算に於て昭和七年度參萬圓、昭和八年度參萬五千貳百四拾圓、昭和九年度參萬九千百拾圓の數字は、各年度四千圓乃至五千圓の搖zを示してゐる。而して八年度は經常豫算(主として勸業費)の膨脹であり、九年度は臨時豫算(教育施設)の膨脹である。 然るに一方稅外收入として、確實にその財源と豫定し得らるゝものは、現在基本財產地五甲餘に對する年額約四百圓あるのみで、財政の彈力性は甚だ乏しい。從つて等各年度經費の膨脹に對する新規財源としては、八年度に於て基本財產現金の庄費繰入(壹千圓)其他を以て、又九年度に於て起債(五千圓)と稅(戶稅割壹千參百圓)を以て充當してゐる狀態で、今後の財政について他街庄以上充分考慮すべきものがあるのを痛感するのである。 元來本庄生產力(昭和八年四月一日現在に於て僅に六拾七萬圓餘)は微力であつて、何といつても生產力の搗蛯圖る事が肝要である。從つて從來特に勸業施設、勸業事業獎勵の為に多額の勸業費を計上して、生產力の擴大を圖つて來たのであるが、その他稅外收入の増加を圖るため企圖しつゝあるものに、次の如きものがある。 一 基本財產蓄積金 現在蓄積金は僅々四千圓に過ぎないが、今後三十年間に五拾萬圓の蓄積金を造成し、其の利子を以て確實なる稅外收入の財源と為さんとす。 二 基本財產地造成 官有山林原野の拂下を受け、十箇年間に水田十五甲、畑二十甲造林五十甲の基本財產地を造成し以て財源と為さんとす。 |