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三 久邇宮記念碑

尖山公學校々庭の奧深い所に、松の木立に包まれて、儼然と立つてゐる自然石の記念碑がある。よく周圍の樹木と調和して、何となく神々しさを覺える。生徒の真心こめた朝な夕なの奉仕に、邊りは常に落葉さへとゞめず、目も鮮かであつて、誰にも由緒16深い聖域17 であることが知られる。これは申すも畏き 久爾宮殿下の御遺跡記念碑である。仰ぎ見れば碑面に「邦彥王遺跡記念碑」と、鑿の跡も鮮やかに刻まれて、自ら頭が下る。次に感激の思ひ出を語らう。申す畏きことながら、 久爾宮殿下には昭和三年四月、臺灣軍特命檢閱使として八重の潮路を遙々と御渡臺遊ばされ、島內各地の軍隊を御檢閱、その終結として五月二十九日、鶯歌の野に於て行はれた南北對抗演習御統監のため、親しく此の地に成らせ給ふた。南國僻陬のこの地に、 殿下の御成を仰ぐ光榮に浴した地方民は、老も若きも、 殿下の御英姿を目のあたり拜し奉らんと、未明から、御道筋の兩側に堵列18 して感激の胸を躍らせながらお待ち申し上げた。

夜もほの〲と明け初める頃、朝靄をついて、お召列車は名も床しい鶯歌驛に靜かに停車した。 殿下には隨員を從へさせられて、自動車に御移乘車上御豐かに、いとも御優しき御面貌19 にて、畏くも奉迎者に一々御鄭重な御會釋20 を賜ひつゝ、英姿悠々尖山原頭に進ませられ、親しく演習を御統監遊ばされた。御歸途 畏くも尖山公學校に成らせ給ひ、暫らく御休憩、御朝餐をきこしめされ、校庭に於て御熱心に演習の御講評をせさせ給ひし後、官民多數の熱誠こもれる奉送裡に御機嫌麗しく御歸還遊ばされた。

金枝玉葉21 の尊き御身、殿下の御成を仰ぎ、御英姿を目のあたりに拜し奉つた地方民は、これを千載一遇の光榮とし、この感激に満ちた日を永久に記念するために碑を建設し、爾來五月二十九日を

御成記念日として、盛大な記念式22 を舉行することゝなつた。

今や 殿下には護國の神として鎮り給ふ高き御コは地方民の感激と共に子々孫々に語り傳へられ、印し給ひ御足の跡は、鄉土の誇として永久に語りつがれることであらう。


16 由緒=由來

17 聖域

汚されてならぬ神聖な所

題字は川村總督の書

18 堵列

整列して立つこと

19 御面貌

20 御會釋

ごあいさつ

おうなづきになること

21 金枝玉葉

皇族方を申す言葉

22 記念碑

昭和四年四月起工

同年 九月竣工

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