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一九 無線の話

無線電信と無線電話は電波發射の方法に僅の差異があるのみで、その原理に於ては同一である。發信所から出た電氣がどうして受信所に到達するかは目に見る事が出來ないのでわかり難いものであるから次の例によつて說明をしやう。

君は靜かな水面に石や木片等を投げ入れると、其の點を中心として波紋が起り、それが四方に擴がつてやがて岸に達するのを見るであらう。この場合波の高い所から次の高い所までの長さを波の長さといふ。此の長さは波の起つた附近を測つても岸の方を測つても同一である。ところが波の高さを見ると中心程度高く、遠くなるにつれて段々と低くなるものである。又波は四方に擴がつて段々大きな輪を描くが、水面に浮んで居る木片や其他の物體は波の間に間に上下するのみで同一の場所に止つてゐる。これで見ると波は移動してゐるが水は流れてゐない事が知れる。

無線電信や無線電話の場合もこれと同一の理によるものである。即ち無線局には必ず高い空中線を張つて、送信機から強い電氣を連續的に空中線に送りあげて居る。この電氣は空間に電氣の波を起し、その波紋は空中に擴大傳播するのである。この波も水び波紋と同樣發信所附近は強勢(電波の山が高い)であるが、遠くなるにつれて次第に弱く(電波の山が低い)なるものである。板橋の無線電話を板橋街で聽くと礦石でもラツパが鳴るが臺北では駄目である。新竹附近になると礦石で聽く事が出來なくなる。これは電波の高さが遠くなる程低くなる為である。受信の場合は受信所の空中線に電波が當るとこゝに電氣が誘發せられ、更に受信機に導かれて受信せらるゝものである。無線電話に於て講演なり音樂なりが電氣によつて空間を傳播し、それが講演や音樂として耳に聽く事の出來るのは不思議に思はれるが、原理に於ては普通の電話と異ならない。

次に板橋無線送信所と無線電化放送所について略述しよう。送信所は臺北電信局の一部であつて、臺北局から有線で電信を發送して來ると無線送信機を働かし、空中に電波を發射するのである。板橋送信所に對して淡水には無線受信所がある。こゝは他局からの受信をしてゐるもので、空中の電波を受けた受信機からは、有線で臺北局へ送るのである。即ち無線通信の交換は臺北電信局、板橋送信所、淡水受信所の三つが連結してはじめて出來るものである。之を例へて見ると臺北は身體、板橋は手、淡水は耳に當るものと云へやう、板橋送信所には五臺の精巧なる機械を据付て居るが發射波長は六六〇〇メートル、三四九メートル、三一七メートル、二四五メートル、二三二メートル等が主に用ひられて居る。

放送所は普通臺北十キロ放送所といつて居るが、我國の放送所は此種のものが一番多く、且つ最大なものである。隨つて板橋放送所は我國放送所中優秀の部に屬するものである。臺北新公園にある演奏所といつて、ここに於て演奏せらるゝ音樂其他は、電流に變化せられ有線にて板橋に送られ、ここから空中に電波を發射するのである。板橋放送所の發射波長は約四四八メートルであるが、波長何メートルといふ外に何キロサイクルといふ言葉もある。それは一秒間に幾波長を生ずるかといふ意味で、一秒間に六七〇〇〇〇箇の波長を起すものを六七〇キロサイクルといふ。此の波長は約四四八メートルなるので、六七〇キロサイクルといふも波長四四八メートルといふも同一である。最近は波長何メートルといふよりもキロサイクルを多く用ひる樣になつた。無線電信も無線電話もサイクルの異つたものを發射するのは互に混信を避ける為である。

板橋の送信所も放送所も現在は遞信部の所管になつて居るが、放送所はやがて內地の如く放送協會の管理に屬すべきものであらう。

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